ギブ&テイクが通じない

春の気配が漂いはじめたここ最近の札幌。

長い冬が終わってやっと私の冬眠生活を終えられるかと思いきや、アレがまた増え始めてまた家ごもりを強要されつつあります。いつになったら気兼ねなく外出ができる日が来るのでしょう。

最近のテレビの話題はアレ以外だと、あの人の借金問題か。あの話題を聞いていると、人間関係って本当難しいなと思います。

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ここ最近話題となっているロイヤルファミリーの「貸した金返せよ」問題。

あくまでも他人の家のゴタゴタで私には全く関係のないし、正直つまらない話題ではありますが、でもやたらとテレビでやっているので、いやでも耳に入ってきます。

この問題、確か最初はお金の返済云々の問題だったはずですが、気づいたら「援助してあげたのに、なぜ感謝しない」という感情論へと移行してきました。

借金を踏み倒そうとした人と思われるのが癪なので、解決金を払うというクールな対応と、援助した恩を忘れたことへの残念な思いを訴える方と。行為への温度感の違いというか、感情のすれ違いというか。なんとも泥沼で解決の糸口が見えない状況のようです。

改めて、考え方が多様化する現代社会、「普通はこうだろう」という一般的な常識は通用しなくなりつつあるのでしょう。

昔ながらの「普通」は、大多数の人の「普通」ではなくなり、それを過度に他人に求めることは、他者との関係性構築の阻害要因となるし、最悪「ハラスメント」と捉えられかねない危険行為となります。

結局、他人の想いなんてわからないものです。

例えば、重い荷物を運んでいる人を手伝ってあげたとして、手伝ってもらった人は、この人を「優しい人とか、頼れる男と思うかもしれないし、男なら当たり前だろとか、特になんとも思わないとか、逆にキモイ・・とか色々とあるでしょう。

手伝った側としても、好感を持ってもらうためとか、困っている人を助けるのは当たり前とか、周りの体裁を考えてしょうがなく・・とか?色々とあるでしょう。

思いがうまくマッチしたらベストですが、「援助したのだから、感謝するのが当たり前」と、片方の常識を押し付けるのは、上から目線の勝手な「感謝」を強要する行為であり、援助された方が感謝をするかしないかはその人の勝手です。

ギブした側の勝手なテイク期待は、落胆を生み、余計なイザコザに発展する可能性がありますから、ギブ後のテイクを期待することは止めた方が良いのでしょう。

変に見返りを期待するから、期待した反応が帰って来なかったときのダメージが大きいのです。無償のギブ、無償のギブ、無償のギブ・・・・、ちょっとだけ感謝のテイクを期待する。

これくらいがちょうど良いのかもしれません。

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