日本男児なら熱くなれる「四国の旅」

もう随分前の旅の話。

当時、私は漫画「おーい竜馬」の影響で「幕末」にハマっていて、主人公の「坂本龍馬」に憧れて、彼の縁のある土地が見たくなりました。

彼の足跡は、京都や長崎に多く残っていますが、やはり彼の出生地「土佐(高知)」は龍馬ファンにとっての聖地。彼が夢を育ませた「土佐」を見てみたい、と同じ志を持った同志(龍馬ファンの友人)を伴い、高知メインの四国一周龍馬の足跡を訪ねる旅に出ました。

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晴天の高松空港に降り立ち「うどん」で腹を満たし、街へ向かい、お城や立派な公園を見て周る。「一生に一度はお参りしたい場所」として江戸時代の人たちにの憧れのまとであった「金刀比羅宮」を参拝し、その長い長い階段は膝にダメージを残しましたが、山の頂から眺める景色はとても素晴らしいものでした。

美味しいうどんを食べて、あっさりと香川県の観光を終え、レンタカーで徳島をスルーし高知に入った。

宿は坂本龍馬出生地に建つホテル。館内には至る所に龍馬の写真が飾られていました。

決して龍馬が訪れたとか宿泊したわけではありませんが、ただ彼がこの地で生まれたってエピソードだけで十分に私のテンションは上げられ、カツオのたたきを食べながら、司牡丹でほろ酔い、幕末話を熱く語り合うのでした。

日本男児はなぜ、幕末の志士や坂本龍馬に強い興味が抱くのでしょう?

龍馬は当時の土佐藩(高知県)の下級武士(郷士)の家で生まれました。

時代は江戸時代の末期、黒船襲来、異国からの脅威にさらされる中、異国を受け入れるか否かで国が二分され、弱腰(と感じる?)対応の江戸幕府に不満を募らせた武士たちが各地で暴れたりして、改革気運が高まった非常に荒れた世の中でした。

龍馬も、このままの日本では異国の植民地と化してしまうのではないかとモンモンとし、自分にも何かできないかと考えましたが、彼は身分が低い武士の生まれ。

意見は上に通らない、ここにいては何もできないと悟り彼は「脱藩」します。

「脱藩」とは藩を勝手に出る事で、とても重たい罪。見つかったら死罪は当たり前ですし、残された家族も同様。相当の覚悟を持って土佐を出たのでしょう。

その後の彼の活躍はご存知の通り、あらゆる識者と交流を図り、自分なりの日本の未来を描き、かの有名な薩長同盟のキーパーソンとなり大政奉還の実現に至りますが、彼が描いた未来を彼自身は見ることなく暗殺されこの世を去りました。

彼が生きていたらその後の歴史はどう変わったのか興味が湧きますが、歴史にタラレバは禁物。とにかく龍馬の最後は儚いものでした。

幕末は世が混乱し、ある意味暴力的な世の中でしたから、たくさんの幕末の志士たちが儚い最後を迎えております。

きっと彼らのように何かを変えようとする若者にとって、ハッピーエンドはあり得ないのでしょう。彼らは本気で日本を良くしようと自分の命も顧みず戦い散って行ったのですが、その志の熱さ、儚い最後、これが日本男児の心を揺さぶるのではないでしょうか。多分。

とにかく、普段は冷えに冷え切った私の心を大変熱くしてくれたこの旅、彼が仲間と日本の未来を熱く語り合った「桂浜」、中岡慎太郎の生家、坂本龍馬記念館、脱藩ルート等など、興味深い彼の足跡を辿り、大変満足することができました。

またいつか、コロナが落ち着いたら、今度は家族で四国旅に行きたいものです。

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