ゾンビについて

アメリカの人気ゾンビドラマ「ウォーキングデッド」シリーズは全シリーズ観ましたし、現在放送されている日本のドラマ「君と世界が終わる日に」も視聴しています。

ホラー映画が好きというわけではなく、ゾンビものがなぜか好き。

先日、そのゾンビドラマを観ていたとき、ふと「ゾンビはこの世に実在しない架空の存在なのに、あたかも実在しているかのように、もはや当たり前のようにその存在や特徴を社会が認知する存在なのだ」と思いました。

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「常識とは18歳までに培った偏見の塊である」と天才アインシュタインは言っています。意味がよくわからないので、一般的な見解で言うと「常識とは、社会が構成する上で当たり前のものとなっている、社会的な価値観、知識、判断力」のことを言います。

地球は丸いとか青いとか、太陽は東から昇るとか、ハンバーグは美味しいとか。ごくごく当たり前の、紛れもない事実が常識であり、誰に聞いても同じような答えが返ってくることです。

では、ゾンビの特徴は?と質問したら、「噛まれたら感染する」「頭を射抜けば死ぬ」「変な歩き方になる」「動きは総じて遅い」「血の匂いや音に寄ってくる」等など、きっとこのような答えが返ってくるでしょう。

私にとってはそれが当たり前だし、世間の認識もそうそう大差ないでしょうから、これがゾンビの常識と言って差し支えないと思います。

ゾンビ作品は、その常識を土台として、どの作品も「ゾンビはコレ」という、皆がイメージ通りのゾンビを描きます。ウォーキングデッドも日本のドラマも同じようにゾンビという存在の説明が全くないままストーリーは進行していきますが、観ている方もゾンビとはこういうものだという制作側と同じ認識のもと視聴しているので、ゾンビというものの説明がなくても、特に違和感を感じることなく鑑賞できてドラマが成立するのです。

映画史における最初のゾンビ登場は、意外に古く1932年の「恐怖城」という作品だそうです。この作品の人気を受けて、以後世界中でさまざまのゾンビ作品が作られたことによって、世間のゾンビ認知度はかなりのものとなりました。

ゾンビはこの世に実在しません。あくまでも想像上の存在であって、リアルなゾンビはこの世に存在しません。でも、約90年もの間、ゾンビという架空の存在を同じように描き続けてきた事で、この作られた特徴がいつしか世界中の常識になり、当たり前の存在になったのですね。

私はゾンビものが好きですが、改めて考えると何がいいのか。

映画やドラマ、小説でもなんでも、世に出る作品には何かしらのメッセージがあると思うのですが、これだけ世界中で作られ人気を博している「ゾンビ」は、我々視聴者にいったい何を伝えたいのでしょう。ストーリーの中だけのハッピーエンドはあっても、ゾンビのいる世界にハッピーエンドはあり得ないし、ゾンビから得る学びはないだろうし・・。

単なるホラーとして考えてもゾンビはちょっと弱い。ウォーキングデッドの世界では、ストーリーの最初の方はゾンビ=脅威でしたが、そのうち、ゾンビは動きが遅いから油断しなければやられることはない弱い存在にまで成り下がり、果ては人間の武器として使われちゃったり、どんどん感染拡大していくという意味で言えば、もはやウイルス同然の扱いしかされないゾンビ。それでもその存在は世界中の人が知っていて、すでに常識レベルとなっているゾンビ、不思議な存在です。

コロナ禍で、自宅引きこもり生活を送っていると、くだらないことを深く考えてしまいます。

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