「韓国人」「日本人」

1年間のワーホリ旅を終えて日本に帰国する際、急いで日本に帰る理由もないし、コリアンエアーで韓国経由のフライトだったので、トランジットを利用して「韓国」に数日滞在することにしました。

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当時は1998年の3月頃。

ペ様でおなじみ「冬のソナタ」が日本でブームになったのが2003年頃ですから、そのちょっと前の時代です。

韓流ブーム以降さまざまな韓国情報が入ってきたので、今なら韓国のことはそれなりに知っていますが、当時の韓国は私のような韓国に縁もゆかりもない一般人にとっては隣の国だけど全く知識がないし観光資源もわからない、「キムチと焼肉」以外はあまり知らない国でした。

ニュージーランド発→韓国行の飛行機内で、私の隣に韓国人の若い男子、その隣には私と同じくワーホリ帰りという京都出身の女性が座っていました。

日本人の女性は韓国にハン君という友人がいて多少韓国語が理解できるようで、長いフライト時間なもので自然と若い韓国の男子を交えて会話するようになりまして、そのハン君が空港に迎えに来てくれるそう。私は韓国に2泊する予定だけど、宿も予定も何も決まっていない状況であることを話したら、その友人に宿の手配をお願いしてくれることに。外国で野宿は勘弁なのでとても助かります。

空港に到着。韓国人のハン君は満面の笑顔で(彼女を)待っていました。

彼女はハン君に私のことを話してくれて、快く私の滞在先を探してくれることになりました。彼は背は小さいけどガタイがやけにいいナイスガイで、笑顔が素敵な仁川大学の学生とのこと。

車に乗り、まずは彼の家に招待してくれました。彼の部屋は日本の学生の部屋と大して変わらない感じ。家にはぞくぞくと彼の後輩がやってきて、とても礼儀正しいご挨拶。韓国は儒教の国なので「先輩の連れてきた年上の日本人」ということで最上級のおもてなしをと教えられているのか、それとも当時だとそれなりに珍しい外国人への単なる興味本位か。とにかくとても気持ちの良い人たちでした。

彼らの通う仁川大学の構内を案内してくれて、学生街の食堂でやけに美味しい焼肉を食べたりして異文化交流を楽しむ。

ついさっきたまたま飛行機内で近くの席に座っていた京都出身の女性と、初めて会った韓国人たちと一緒に同じテーブルを囲んで笑っている、改めて考えると不思議なこの光景。これぞ一人旅の醍醐味って感じですかね。一人旅は自由だけど時にさみしい時もあるので、つい人と触れ合いたくなるものです。

その日の宿。ハン君が連れて行ってくれた宿は(あまり覚えていないが)確か繁華街から少し外れにあるところで、部屋は十分な広さがありそれなりに清潔な感じでしたが、多分日本言うところのラ○ホテル的な安宿、ベッドは回転ベッドでした。

寝るだけだし、何も文句もない。逆に感謝です。ベッドをちょっと回してみつつ、この日の移動で疲れたので速攻でぐっすりと寝ました。

翌朝、カーテンを開けると韓国の空は黄砂で霞んでいました。私のイメージした韓国の空でした。

ハン君は宿に迎えにきてくれて、仁川市内からソウルまで送ってくれました。彼と京都出身の女性とはここでお別れ。感謝を伝え連絡先を交換しました。彼は本当にいい人でした。

都会に一人でいると、人がたくさんいる分やけに寂しく感じます。

ソウルでは何も予定がないのでせっかくなので一人で街ブラしてみました。

ソウルはとても都会。大きなビルが建ち並び、街並みは日本の大都市とそう変わらない印象を受けますが、やはりハングル文字の看板を見ると外国なんだなと実感します。

「南大門市場」に行ったり、韓国の原宿こと「明洞」をぶらついたり・・。特にこれといって思い出はありませんが、お店の人からは片言の日本語で話しかけられ、ホテルに入ってみたらフロントの人から日本語で対応を受ける。こちらは結構流暢な日本語でした。そういえば、ハン君の後輩たちも結構日本語を知っていて、大学で日本語を学んでいる人も多いようでしたし、結構日本に興味のある人が多いのでしょう。

今、日韓関係は泥沼状態ですがそれはあくまでも政治の話であって、韓国にはいい人はいっぱいいるしお隣の国日本に興味のある人はたくさんいます。

(関連)山の日に日韓関係を憂う

一人間同士ですから仲良くなれます。つまらない喧嘩はやめて早く仲直りしましょうね、安倍さん、ムンさん。

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