ふとした妄想「気質と記憶」

横柄な性格の主役が何らかの事故をきっかけに記憶を失い、性格がガラッと変わって良い人に変わる。少しずつ記憶が戻る中で過去の自分の態度を反省し、心を改めハッピーエンド。

こんな感じのストーリーの映画やドラマを何度か見たことがあるように思いますが、

改めて、「過去の記憶を失うと性格は変わるの?」と

ふと疑問に思いました。

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「感情面の個性は、気質という先天的傾向に基づくといい、気質から作られる行動や意欲の傾向が性格と呼ばれる。」by Wikipedia

「性格」って後天的要素で変わってくる?

自分を振り返ってみて、自分の性格は穏やかな方で争い事は嫌い。極力争い事にならないようにするし、仮に争い事になってしまってもどうやったら終焉するかを考え、必要ならすぐに謝るタイプだと思います。

人からは「優しい人、穏やかな人」という評価をよく聞きますが、多分、根本的には私の両親からもらった遺伝子レベルで「面倒なことはしたくない」という気質がそうさせているのかもしれません。

「言い争いは面倒」という気質が「言い争いにならない方法」として「人と対峙しない」となり、その方法として普段から「敵を作らない佇まい」=「優しい人、穏やかな人」という答えになるように思います。

対人関係において、誰と関わるかによっても性格が違うことがあると思います。喋り倒す芸人が楽屋では物静かってパターンを聞くことがありますし、私自身も昔からの友人といる時と会社にいる時、自宅で家族と過ごす時、それぞれ性格は多少違うように思います。

人との付き合い方で自分が優位になるとか上手く関係を築く方法として、強く出る人、下から出る人、フレンドリーに接する人、人それぞれ。人との付き合い方はその人オリジナルの世の渡り方が出現してきます。良い悪いではなくて単なる“世の中をどう渡り歩くか“という「違い」。これは「経験」からくる影響がそうさせているのでしょう。

「極力争い事にならないようにするし、仮に争い事になってしまってもどうやったら終焉するかを考え、必要ならすぐに謝る」という部分に関しては、私が生きてきた中で身につけた私なりの世の渡り方となります。

どのように動いたら上手くいくのかという「経験(記憶)」が影響するだろうから、私が記憶喪失になったら遺伝子自体は変わらないので気質の「面倒なことはしたくない」という部分は変わらないけど、「穏やかで争いを嫌う性格」は変わってくるかもしれません。

横柄な態度は先天的か後天的か?

横柄な人の傾向を考えると、自分を特別だと思っており、人になめられたくない思いが強くて、権威を笠に着たり、横暴な客になったり、自慢話しかしないなどでしょうか。

それなりの立場にいて、自分より下(と思っている)者に対しての態度であり、これを「経験」からくる後天的な要素と考えると後天的な「影響」の部分は記憶が頼りなので、記憶喪失になると「性格」が変わることはあるのかもしれません。

結論として、横柄な態度が先天的な「気質」であるのなら、記憶喪失になっても変わらないだろうし、人生の過程でそういう態度がその人にとってのベストな「世の渡り方」であったという「経験」ならそういう態度はしなくなるでしょう。

あと、記憶が戻った時はどうなるのでしょう。記憶を失っていた時の記憶は残っているでしょうから、すぐには元に戻らなくても、また元の社会に戻ったら同じような横柄な人になってしまうのでしょうか・・。

面倒くさくなったのでこの辺で考えるのをやめます。あー、頭が疲れた。

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