2001年タイ・バンコクの旅

長く生きていると色々な経験をします。

同じことをしても初めて経験した時のフレッシュな感覚は永遠に得られません。新しいことにチャレンジするのも良いのですが時には過去の体験を思い返すのも良いものです。あの頃の気持ちや感動、感じたことが感覚として蘇ります。

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バックパッカーに憧れて・・

2001年、もう18年も前のこと。若い私はバックパッカーの聖地「タイ・バンコク」を訪れました。

21世紀になって間もない頃の話です。

21世紀イコール未来、車は空を飛び、庶民が宇宙旅行に行き、ドラえもんみたいな多機能なAIロボットが人間の側にいて・・なんて、子供の頃にイメージしたものですが、現実は全然そんなことはなくって、せいぜい携帯電話が3Gサービスを開始し使いやすくなってきたり、インターネットが一般人にも広がり始めてきたそんな今につながる様々なイノベーションが花開いてきた時代だったように思います。インターネットやスマホ(まだ誕生してなかったかな)はまだまだ旅の必需品ではなく、情報は紙媒体でゲットするのが普通の古き時代でもありました。

私は、社会に縛られない自由の象徴として「バックパッカー」に憧れを持っていました。ニュージーランドでワーホリしてた時、でかいバックパックを背負って地図を片手に世界中を旅して回る欧米人のバックパッカーを見かけ、その疲れた風情の中にも逞しさや希望を感じ、とてもカッコよく映りました。

私もいつか彼らのような自由な旅がしてみたいとずっと思っていました。

バックパッカーならまず「バンコク・カオサンロードを目指せ」と何かで読んだかどうだったか、そこに行けば何かが見つかるのではないか、新しい刺激が得られるのではないかと期待を胸に、とりあえず若い私は放浪者の聖地「カオサンロード」に向かうことにしました。

旅はスタートから色々ありました。

季節は冬・・、新千歳空港は、大雪の影響で経由する関空までの飛行機が飛ばず、翌日に振替したものの、翌日もなかなか飛行機が決まらず空港で長時間ウェイティング。バンコク行きの国際線にギリ間に合うかどうかの飛行機に何とかぶち込んでもらい、関西国際空港では待ち受けていたCAと国際線乗り場まで走りなんとか日本を脱出することになりました。

タイに到着したものの現地はもうすでに夜中。

空港からタクシーに乗り、運転手に「カオサンロードへ行って欲しい」と告げたものの、こんな時間で今日の宿は取れるのか?と少々心配になりました。

往復の飛行機以外は予定を何も決めていない旅で、一つ一つをその場で決めなくてはならない、私が憧れるバックパッカーっぽい旅。

その自由さにテンションを上がり、移動の疲れを吹き飛ばす気分の高揚があったのを覚えています。

カオサンロードは夜中でもたくさんの人で賑わっていました。

街ブラしたいところを抑えて、まず宿と晩御飯。

ブラブラ歩いていると一泊数百円程度の安宿がたくさんあり、適当に目についた宿の受付で声をかけたところ、仏頂面の女性が「ついてきな」と言ったかどうか、そんな素振りで先を歩き、部屋まで案内されました。

部屋は天井が高くて割と広い。布団も割と清潔だったし、シャワー室にはイモリがいたけどお湯が出たし全く問題なし。即決でチェックインし、お腹が空いたので街に出てみました。

街にはたくさんの屋台が出ていて、いい匂いをさせている。衛生状態がどうなのかわかりませんがこういうのに抵抗のない人ならこの街で過ごす上で食に困ることはないでしょう。私は全く抵抗がない方なので屋台に座ってよくわからない煮物とビールを注文して到着を乾杯。蒸し暑い空気に冷えたビールがとても合う。気分の高揚とともにお腹が満たし、アルコールが体をまわりどっと疲れが出てきたようで、宿に戻ったら泥のように眠りました。

翌日目を覚まし街に出てみました。朝からすでに湿気ムンムン、東南アジアを実感します。街は飲屋街の朝って雰囲気で、あの夜の喧騒とはうって変わりあまり人が歩いていない。

カオサンロードは、もともとは米問屋街だったのですが、バンコク市内の観光地に割と近く便利な場所だったので観光客が集まり、次第に安宿街として発展したという歴史があるそう。確かに有名な観光地にはちょちょいと行ける便利なところだと思います。

もともとタイ・バンコクは都会なので、公共交通機関が発達しているからどこに行くにも不自由はしませんし、さらにタイと言えばトゥクトゥクがあります。

トゥクトゥクドライバーは街角の至る所で仲間たちとおしゃべりをしてて、目が合えば「乗るか?」と合図をくれます。乗る気がないときはただウザいこのやり取りも、乗ってもいいかな?って時は声をかけてくれると楽ですし、至る所にいるのでちょっと疲れた時などもチョイ乗りできていいです。トゥクトゥクは窓がないフルオープンなので走っている時は風が気持ちいいけど、止まっている時はやたら暑い。またバンコクは排気ガスが凄いので、けっこう気持ち悪くなります。

 

バンコクから約80kmのところにある世界遺産の古都「アユタヤ」。

バスで移動し現地でトゥクトゥクをチャーターし一通り観光。トゥクトゥクのドライバーは約束した金額以上を要求してきて、あれやこれやと交渉したりして。旅にトラブルはつきものです。結局は多少相場より高い値段を払ったかもしれないけど、それもまあいい思い出です。

バンコクからバスで2時間ほどのところにビーチリゾート「パタヤビーチ」。

ここは昼間はビーチで、夜はバーやニューハーフショーなどのナイトライフが楽しめるとっても賑やかなところでバーの2階が安宿になっていたりします。バンコクよりももっと東南アジアらしいディープな雰囲気を醸し出す街でした。

バンコク市内、周辺と至る所に顔を出し、極力安価な手段で観光を楽しみ、ダラダラと現地の食を堪能し、バックパッカー風の旅を楽しんだとても良い思い出です。

人生100年時代。私の人生ももう少しで折り返し地点なのね・・、と改めて思うと色々と考えさせられます。若い頃はとにかく前しか見てなかったけど、歳を重ねると過去を振り返ることも多くなってきて、後悔することもあればよくやったと自分を褒めてあげたくなることもあります。

いろいろな経験をしてきたけどもその経験が今の自分にどう活かされているのかはわかりません。でもそのたくさんの経験が今の自分のアイデンティティーとなり人格を形成しているはず。当時のバックパッカーの自由な刺激を欲した頃と今の自分は見た目の劣化や体力低下、テンションの低下があっても、根本の部分は変わらないように思います。私は、マイペースで、他人に価値観を押し付けられるのが好きではありません。多数決で決められたルール、価値観を共有したグループの中で落ち着くような人格を持ち合わせていない私ですが、普段は決まった枠組みの中で世間に合わせようと頑張って生きています。でも、そういった社会で賞賛を浴びたいとは思わないし、仮に浴びたとしても私の承認欲求は満たされません。

枠組みの中に身を置いてもせめて心はフリーでいたいし、いつでも気軽に飛び出せるようにしていたいけど、あの頃とは守るものが増え、自分の置かれている立場に違いがあるから、今から自由に放浪することは難しい。でも私の本質は変わっていない。私の旅の原点「タイ・バンコク」を振り返り、今の自分が同じ場所に立ったならどんな刺激を感じるのでしょう、刺激ってのは結局「受け手側」次第。新しい世界を見てみたいという初心に返ってまた違った形で新しい刺激が得られる旅を続けていきたいです。

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