言葉の重みについて

なぜか説得力のある人っていますね。

言葉が重く、話の一つ一つに納得してしまいついつい頷いてしまう。

そんな相手を納得させる力、欲しいです。

人と関わる上で欠かす事の出来ない能力とでも言いましょうか、仕事でも家庭でも、いつでもどこでも使えるとっても重要な能力だと思います。

そんな説得力のある話をする人の共通点て何だろうかな・・なんてふと考えてみて

知識?話術?雰囲気?

いやいや、そんなことではなくって、

結局は「経験」なんだろうなと思います。

話すこと全てが経験談、これって何を差し置いても重厚な説得力があります。

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実際に経験してきたことをもとに語られると強い説得力が生まれます。その人自身が経験してきたことなので、否定のしようもありませんし。

今の時代、情報なんて簡単に手に入ります。何事も調べようと思えばすぐに探せます。ネットでも本でも何でも、物事の上っ面だけを知ろうと思えば簡単なことです。

でも、それはあくまでも他人の言葉なので、それをあたかも自分の言葉のように話しても、結局は何処かの誰かの言葉を真似ているだけ。ようは薄っぺらいんです。

私なんて100点満点よりも合格ラインの70点取れたら御の字と考える人間で、広く浅くがモットーなもので、何をやっても薄っぺらい。深みってものがないんです。

年配の方の言葉は、重みが違います。

前におばあちゃんと話をしていたら「マッカーサー」の話が出てきました。

マッカーサーなんて私にとっては教科書にだけ出てくるだけの、本当に実在していたのかさえも疑わしい(実在した人ですが)現実感のない人ですがそのおばあちゃんにとって、マッカーサーの思い出は、リアルな経験談なのです。だってその時代にリアルに生きてきたんですから、その話はもう信じる信じないというレベルの話ではなく「事実」です。

話術ってたくさんのテクニックがあるかもしれませんが、結局のところその人自身が経験してきたことにかなうはずがありません。

経験が豊富だとそれだけで話に説得力が生まれるのです。自分が経験し、自分の言葉で語る言葉の重み。これが何事にも変えがたい説得力になるのだと思います。

たくさんの経験の中から理解した自分自身のオリジナルの言葉に人は心を揺さぶられるのです。きっと。

だから、旅でも山でも何でもいいんですが、百聞は一見に如かず

色んなことを経験していきたいと思います。

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