vol.1若き日のニュージーランド旅行記 「記憶は少しずつ薄れていくけど、思い出はいつまで経っても色褪せない」

空港を出てすぐタバコに火をつけたら、クラっときて倒れそうになった・・。

韓国仁川空港から、ニュージーランドオークランド国際空港までは約十一時間半のフライト。機内食が2回出るほどの長いフライトである。喫煙者にとっては、苦痛以外に何ものでもないこの長時間軟禁状態の対策は、禁断症状を感じないように、飛行機の中では完全に「寝る」に徹すること。

前日からが勝負だ。機内で眠たさのピークが来るように徹夜で空港に行き、アルコールを入れてから飛行機に乗る。すぐに目を閉じて寝ることに集中するが、旅の高揚感なのか、なかなか寝れない。

機内食は完全スルーし、やっと眠りに落ちるか?って時に、通路を歩く人影が気になり寝れない。やっと寝て、数時間後、目を覚ましてもまだ到着しない。

頑張ってまた眠りに落ちて、また目を覚ましても、まだ到着しない。

何度トイレでタバコを吸ってやろうかと思ったことか(それはダメよ)・・。

とにかく苦痛の十一時間半であった。

やっと到着したオークランド国際空港ではあったが、これから始まる海外生活へのワクワク感よりもまずは急いで一服、感動も何もない。

喫煙者は辛い。

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そもそも私が旅立ったきっかけは友人との簡単な会話が始まりだった。

「次はどこに行こう・・?」

東京生活もそろそろ飽きてきて、違う世界が見たくなってきた頃。友人たちとビールを飲みながら話をしていた時、カナダ帰りの友人が「海外に出ると世界観が変わる。旅立ってみたら?」と軽いタッチで返答をしてきた。

彼は、ファッションセンスはイマイチだが、歌が抜群に上手くて、素敵な笑顔と人懐っこさのある、なんとも不思議な雰囲気を持った長崎出身の九州男児。海外生活の経験がそうさせるのか、どこに行っても生きているような、ある種のたくましさを感じさせる男であった。

若いうちに、一度は海外で生活してみるのも悪くないかな。

大して英語が喋れるわけではない、て言うかほとんど喋れない「中学生レベル」の私だが、行ってみたら意外となんとかなるのかな?

海外生活?その響きがなんか素敵だ、ドキドキする体験。

私は彼のその「軽い言葉」に、速攻でその気にさせられたのであった。

今ほどインターネットが気軽に使える時代ではなかったので、本屋で旅関係の本を読み漁り、イメージを膨らませ、自分なりに考えた海外生活心得は二つ。

「気合い」と「笑顔」だ。

せっかく海外で生活するのだから、いろんなことにチャレンジするべきだ。

もともとそんなに社交的な性格でもないし、あれがしたい、これがしたいという興味が強い方でもないし計画的でもない。普段そんな人間じゃないから、何かにチャレンジするにはとっても気合いがいる。重い腰をあげる気合い。素の自分でいると、何もしないで、普通に暮らしてしまいそうだったから、敢えていろんなことにチャレンジすることにした。

あと、笑顔も大切だ。言葉の話せない見知らぬ外国人に出会った時、ムスッとした人よりも笑顔の人の方が親切にしてあげるだろう。笑っていれば、とりあえず危険な人とは思われないはずだから、絶対笑顔、これ大切。

旅の資金を貯めて、飛行機の往復チケットとワーキングホリデーVISAを取得。あとは、いつ飛ぶかだが、答えは簡単、何をするにもスタートは春に決まっているのだ。その年の4月の飛行機を取り、いよいよ私の旅が始まった。

オークランド国際空港を出て、念願の一服を終えたところで

「さて、どうしよう?」

急に現実に帰ってきた感じ。空を見たら抜けるような青空が広がっていた。

さて、どこへ、どのように行ったら良いのか・・、何も予備知識がなかったので、その場でしばらく途方に暮れて、タバコを何本吸ったかわからない。多分1時間ほどボーッと過ごし「ここにいても何も始まらない」と、重い荷物と一緒に、更に重い自分の腰を上げることにした。

周りを見回すと何台もバスが止まっていて、近寄りバスのフロントガラスの上にある表示を見たら、「AUCKLAND CITY」とあったので、「CITY(街)行きだ」これに乗ることにした。

ちょっとドキドキしながら、バスの運転手に何度も行き先を確認し席に着く。ニュージーランドで初めて喋った英語はなんとなく通じたようで安堵する。

程なくしてバスは発車した。

空港からしばらく走ると、一面緑の綺麗な風景が広がる。バスの車窓から見える風景はなぜか懐かしく感じた。答えはすぐにわかった、私の故郷「北海道」の風景に似ていたのだ。ちょうど真逆だが、緯度が日本と似ているので、風景も似たようなものになるのか。

バスは順調にCITYに向かい、建物が増えてきた。緑が多くて街はきれいだ。当然だが欧米人が多い。

街の中心部に近づいているのだろう、前方には高層ビル群が見えてきた。

「オークランド、結構都会だな」と感心しつつ、街の中を走るバスはどんどんその高層ビル群に向かって進んで行った。

どこかのバスストップで、運転手が「ここだ、降りろ」(多分)と私に合図をくれた。

「ここ?」そう言えば、私は行き先がない。とりあえず街に行けばなんとかなると思っていたが、今夜どこに泊まるかも決めていないし、そもそもどこに泊まる場所があるのかも調べていなかった。

運転手が何を根拠に「お前の降りる場所はここだ」と言ったのかわからなかったが、言われるままバスを降りたら、そこにはユースホステル(YHAオークランドシティ)があった。

ユースホステルくらいは知っていた。旅人がお安く泊まれる簡易ホテルのようなところだ。

なぜバスの運転手が、私をそこで降ろしてくれたのか全然わからなかったが、とにかくラッキー、今夜の宿はここに決定し早速建物に入ってみた。

そのユースホステルは、とっても清潔だし綺麗。目の前に受付のデスク、右手にはテーブルと椅子がたくさんあって、いかにも旅人って感じの欧米人がたくさんいた。私の後から入ってきた欧米人のカップルは、少し疲れた表情で、装いもくたびれていたが、「旅してます!」って雰囲気がとてもカッコ良く感じたものだ。

私の拙い英語でなんとかやりとりし、無事チェックインできた。

意外とイケるものだ、とちょっと自信がついた。

部屋に荷物を置き、まずホステル内を散策してみたら、広いキッチンがあり、調理道具は一式揃っていてお皿などもたくさんある。自由に使っていいようだ。

ランドリーもあるし、自動販売機もある。観光用のパンフレットもたくさん置いてある。

さすが旅人のための宿だと感心しつつ、次は建物周辺を散策することにした。

このユースホステルは、オークランドシティの中心部を縦に貫くクイーンズロードから少し入ったところにあって、そのクイーンズロードに出てみたら、道沿いにたくさんのお店があって、必要なものはだいたい揃う、不便はない。とりあえずすぐに食べられる食料品やビールなどを購入しつつ、ちょうどお腹もすいてきたので、チャイニーズをテイクアウトし、近くの公園で食べた。

オークランドシティは、適度に都会で、とても綺麗な街だ。緑が多くて休める公園も多い。危険な匂いはしないし、割と人も親切な印象を受けた。もともと欧米系、マオリ族、アジアンなど、たくさんの人種がこの街で生活しているので、私のようなもろ日本人が街をブラブラしていても、違和感なくすんなり溶け込むことができるのだろう。

長時間の移動の疲れの中、右も左も言葉も分からず緊張しながら行動した割に、とりあえず暖かい布団は確保できたし、ご飯も食べたし、ビールも飲めた。

初めての一人海外旅。

さて、明日は何からしよう?不安も期待も何もない。まずはやらねばならないことがたくさんあるのだ。

海外生活初日はまずまず順調であったが、異常な疲れから泥のように眠るのであった。・・zzz。

<ニュージーランド旅行記>

NZ1「記憶は少しずつ薄れていくけど、思い出はいつまで経っても色褪せない」

NZ2 「そうだ、家を探そう!」

NZ3 「お金が尽きた、海を見て黄昏る」

NZ4 「転んでもただでは起きない男」

NZ5 「異文化交流に疲れる」

NZ6 「料理の腕を上げる」

NZ7 「観光地を徘徊する」

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