価値観が多様化し過ぎて、答えがわからない。

常識を振り回したり、「普通はこうじゃない」みたいな言葉は、現代社会においてはもう通用しないことが多い。

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職場の歓送迎会への不参加程度ならまだ許せますが、就業時間中にスマホをいじっているのを注意されて、真顔で「古いですね、その考え方」と反論していた人を見たときは、正直「それって古いのか・・?」理解できませんでした。

何が間違っているのか?理解できない人は「古い」のか?

一昔前なら「常識」で片付いた簡単な事柄も、いまは良くも悪くも色々な意見や考えを持つ人が増え、いちいち衝突してしまうことが多いです。

天才アインシュタインは、「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのこと」と言っております。

確かに「常識」なんて人によって千差万別であり、自分の常識が他人の非常識であることも大いにあるし、自分自身の偏見である場合も多いと思います。

でも、常識は社会的な共通認識であり、偏見は個人の偏ったものの見方のことなので、偏見のコレクションが社会的な共通認識とは一体どう言うことか・・、常識とは確かに曖昧な概念ではありますが、アインシュタインの言葉・・、私のような凡人には理解できない。

「常識」とは、そのコミュニティーを安定的に運営するためのルールということでいかがでしょうか?

スポーツには当然ルールがあります。ルールがあるからゲームは成り立つのであって、自分の主観でルールを捻じ曲げると、試合として成り立ちませんから、一人一人の考え、感情、場の雰囲気などには左右されず、ルールは理由なく「絶対的」な存在であらねばなりません。

いまの世の中、物事に白黒はっきりつけようとすると、面倒臭いことも多いので、そんな時にある意味、誰も傷つけることなく物事を解決する、何処かの誰かが決めたとっても便利なツールである「常識」を使う。そんな、コミュニティーを安定的に運営するルール(常識)って私は必要だと思います。

じゃないと社会は回っていかないですし、何よりいちいち意見が対立して面倒臭い。

でも、いまの世の中、価値観が多様化し過ぎてて、冒頭のスマホいじりの件を考えると、そんな基本的なルール自体が揺らいでいるのでしょうか・・。

よくわからなくなりましたが、とりあえず仕事中のスマホいじりはダメでしょ。

仕事をしなさい。

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