「空気の研究」空気を読むと言うこと

「空気を読む」ということは、世の中を”普通”に渡り歩いていく上で、とっても重要なテクニックだと思います。

「空気を読めない=変な人扱い」されるのは目に見えているので、相当なハードメンタル保持者でもない限りシンドくなり、周りから孤立してしまうのは目に見えています。私のようなガラスのハートの軟弱男にとって、空気を読むってことはこの社会を生きていく上で、とっても重要です。

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ところで、その読まなければならない「空気」とは一体何なのか?

様々な本を読み解いていく、NHKの「100分de名著」という番組が好きです。この番組は、とても難しいことを、とてもわかりやすく説明してくれるので、世の中の複雑なことが多少わかった気にさせてくれますし、さらにもっと学びたいと思わせてくれる私のお気に入りの番組です。

この「100分de名著」の「メディア論」のなかで、目に見えないこの謎の「空気」について、社会学者の大澤真幸氏のプレゼンがとってもわかりやすく、大変面白かったです。見ましたかこの番組?

大澤氏は、故山本七平氏の著書「空気の研究」を使って、この「空気」についての謎解きプレゼンがされました。

 

「空気の研究」著者の山本七平氏は評論家です 。

1977年に出版したこの「空気の研究」という本の中で、「多くの人がその場の空気というものを気にかけることに注目し、空気が日本人の意思決定にどう作用するのかを分析しました。

とても面白い本ですので、ご興味のある方はご一読を!

 

番組や本の内容については、あまり詳しくは言えない(説明できない)のですが、この「空気の研究」本文の中では

日本には「抗空気罪」という罪があって、これに反すると最も軽くて「村八分(無視)という刑に処される。これはどんな立場でも戦前・戦後でも全く関係がない。

「空気」とはまことに大きな絶対権をもった妖怪であり、一種の「超能力」かも知れない。統計も資料も分析も、またそれに類する科学的手段や論理的論証も、一切は無駄であって、そういうものいかに精緻に組みたてておいても、いざというときは、それらが一切消しとんで、すべてが「空気」に決定されることになるのかも知れぬ。

と言っております。

 

 

「抗空気罪」

面白い罪名です。その場の空気に抵抗したら、最低でも「無視」されるという刑に処される。空気とは絶対的な決定権があるのです。恐ろしい。

 

 

大澤氏は空気の特徴についてこのように言っておりました。

「空気」が何なのかを誰も言わない。「空気」は絶対明示的に語られず、感じて自分で解釈しなければならないものである。

「空気」はそれぞれの人が考えていることと必ずしも一致しない、にも関わらず”空気”は誰よりも強い。

「空気」は多様性を認めない。「世の中はこれを受け入れない人もいるかもしれないからこそ合理的な根拠を示さなければいけない」という概念が空気にはないのです。

 

 

なんとなく使っている「空気を読む」と言うこと。

 

その「空気」とは、実体が無く、誰も答えを言ってくれないから、自分で解釈しなければならない「絶対権威」のような驚くべき力を持っているものです。

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