論理的に考えることが、賢いってわけではない

「論理的な思考の人(以下:論理派)」と「感覚的な思考の人(以下:感覚派)」の言い争いは、見るに耐えない、解決のしようがない迷宮入り案件です。「論理派」がどんなロジックを伝えたところで、「感覚派」が心底納得することはありません。

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◯ 論理的思考

論理的に考えるということは、物事をどんどんと単純化していく作業です。問題を整理しどんどんと無駄なことをそぎ落として単純化(抽象化でもいい)していくことで、シンプルに問題解決の道筋をつけ、結論を見出す作業となります。

◯ 感覚的思考

「感覚派」の人はある意味問題を複雑なままで考え、さらに問題を拾い上げると、どんどんと複雑になりながらも、とりあえずどんどんと思考していきます。「感覚派」にとっては自分の感覚が一番なので、「論理派」が削ぎ落とした部分にも重要な意味があったりするため、変に整理されても困ります。

「感覚派」で思いつくのは、元巨人の長嶋茂雄氏でしょうか。バッティングの指導において、スーとかパッとか、よくわからない独特の感覚を言葉にして指導しますが、選手はほぼ理解ができない。

でも、答えは合っているはずです。長嶋氏は、その言葉にできない感覚でバッティングを覚え、あれだけの成績を残したのですから。

「感覚派」は、あくまでも感覚で思考するので、なかなか相手に伝わりにくい面はあります。

論理派、感覚派、お互いに求めるゴールは同じでも、問題解決の方法、思考過程が違うので、どんなに議論を重ねたところで、お互いが気持ちよく納得することはできないのだと思います。

一般的に、論理的な思考は男性、感覚的な思考は女性と捉えられております。

あるサイトで、「あなたの頭は右脳派?左脳派?」みたいなものがあって、私はこのテストで「右脳派」と出ました。もちろん医学的な根拠なんてありませんが、右脳派の人は「感覚的」、左脳派の人は「論理的」なんて言われることがありますから、私はこのテストでは「感覚的な思考の人」ということになります。

「感覚的な思考の人」の特徴、「とりあえずやってみる」「直感的に行動する」等など、私の特徴通りなので、あながち間違ってはいないように思います。

「論点が違う、何を言っているのかわからない」等、「論理派」は、論理的に伝えられない「感覚派」を見下す傾向があるように思います。「論理派」の口癖は、だいたいがまず「そもそも」。「そもそも」って言葉、よく考えてみると、相手の考えが根本から間違っているという、存在自体を全否定する時の枕詞ではないかと。

私が「感覚派」だからでしょう、この言葉を聞くと、非常にイラっときます。

論理的に考える人って、「ロジカルシンキング」なんて言って、自分は絶対に間違いないといった横柄な態度で、他者に対して偉そうに御託を並べる輩がいます。私が思うに、論理的な思考の人は、理論・理屈を基準にして、人の優劣をつけようとしますし、理屈に合わないものは排除する傾向もあります。

でもね、ロジックに合わないから排除?では、結局同じような人間の世界でしか生きていけない。

「感覚派」には感覚派の問題点はあると思います。普段やっていること、これからやること、成功も失敗も全て、感覚でしか動かないので無駄が多いはずです。

感覚派の人は失敗自体、具体的な理由がわからず、感覚でしか解決ができないので、同じ失敗を繰り返すこともあるでしょう。

でも、人は個性がありますし、考え方も人それぞれです。

どちらもメリット・デメリットがあるように、どちらが優れているという事はないのです。

論理的に考えることが、賢いってわけではない。

本当に賢い人は、相手が「論理派」なのか「感覚派」なのか、どういった思考なのかをきちんと理解した上で、お互いが理解しあえる解決法を模索することができる人だと思います。

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One Reply to “論理的に考えることが、賢いってわけではない”

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